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ノイファイミリーの日常、息子の成長など・・・
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名前を呼ばれ目を覚ますと、12時を回っていた。
モハメドがカスカドホテルで待機していたアリを呼びに行き、
私は自分のリュックを背負った。
ほんの少し眠っただけだったが、さっきより随分と気分が楽になっていた。
薬が効いて来たのかもしれない。
モハメドが戻って来て、私の残りの荷物を持って下に降りて行った。

とうとう私は家族達と別れなくてはならない時を迎えた。
小さな子供達やパパはみんな隣の部屋で眠っていたので、さよならは言えなかった。
ママもファティマもメリアンも、そして私も、
それぞれが目に涙をいっぱいためてさよならを言った。
きっと、必ず、またみんなに会いに来るからと約束し、抱き合い、キスをして、
そして彼等の家を後にした。
外でモハメドとアリが待っていた。
3人でpetit TAXIに乗り込み、Fezの駅へと向かった。
私は、これから本当に彼等と別れて1人で日本へ帰っていくという実感が
あまりわかなかった。
明日も明後日もそれから先もずっと、彼等と一緒に時を過ごすような気がしていた。

TAXIが駅に到着し、私が財布を出そうとしたら、
モハメドが君は支払わなくてもいいと言った。
そして彼は自分の財布の中から、
出会った日に私が彼に渡した50DH札を取り出して、運転手に手渡した。
私は朦朧とした意識の中で、心から彼にありがとうと言った。

駅に入ると、モハメドとアリが窓口に行き、切符を買ってきてくれた。
そして、ここからはCASA VOYAGEURまでの切符しか買えないので、
乗り換えをする時に切符を買わなくてはならないと教えてくれた。
売店でCOCAを買ってリュックに詰め込み、しばらくホームで列車の到着を待った。
ホームには深夜にも関わらずかなりたくさんの人達がいた。
私のようにジーンズ姿で大きなリュックを背負っている若者もいれば、
仕立ての良いコートに身を包んだビジネスマン風の人もいる。
もちろんジュラバをすっぽりと被ったいかにもアラブ人という風体の人達の姿もあった。

ゆったりと列車がホームに入って来た。
私達は3人で列車の中に乗り込み、コンパートメント車輌の中の空いた席を探した。
身なりの良さそうな人が乗っているコンパートメントの1席を見つけて、
モハメドとアリが私の荷物を荷台に上げてくれた。
それから私の前の席に座っていたとても恰幅の良い紳士に、
この娘はカサブランカの空港に向かいます、
フランス語ならだいたいの事は理解できます、
もしも乗り換えの仕方がわからないようだったらどうか教えてやって下さいと、
私のことをあれこれとお願いしてくれた。
まるで小学生の子供が、
夏休みに新幹線に乗って初めておばあちゃんの家に向かう時みたいだった。
大きな荷物だけ置いてから、私達はコンパートメントの外に出た。

モハメドとアリが列車を降りて行こうとすると、
私があまりにも心細そうな顔をしていたので、
列車が発車するまでの間一緒に君の側に居るよと言ってくれた。
モハメドは、私に大事な荷物からは目を放さないように、
列車の中では執筆を続けてあまりやたらと周りの人と話をしないように、
そしてくれぐれも気を付けるようにと重ねて注意してくれた。
私は彼の言葉一つ一つに肯きながら、だんだんと寂しさや心細さとともに、
涙が込み上げて来るのを感じていた。
“とうとうお別れなんだ。もうみんなと当分会えないんだ。
みんなみんな、とってもいい人達だったのに、
なのに私はまた、遠い日本に帰らなくちゃならないんだ。
この素晴らしい旅も、もう終わっちゃうんだ!!”
涙で曇った私の瞳を見て、アリが言った。
「お願いだから、泣かないで! 僕らはみーんな、君と同じ気持ちなんだよ。
君が帰ってしまう事が、寂しくて仕方がない。別れるのが辛い。
…だけど君は言ったろう? いい時は、早く過ぎるって… 
だからお互い、どんなに遠くにいても、いい時間を過ごすように心がけよう!
そしてどうか君も、いつの日か再びこの国を訪れる事ができるよう、
努力してみてくれ。
その時は、僕らはみんなで、君の事を大歓迎するよ。
君は、僕の本当の妹だからね。…愛する妹…!!」
私はアリの右手を強く握り締め、彼の頬にキスをした。
それからモハメドの、熱で火照った熱い体を抱きしめた。

とうとう本当に別れの瞬間が訪れた。
モハメドとアリが、私を1人残して列車を降りていった。
改札口の傍で、私の方を振り返り、2人で手を振っている。
私はコンパートメント車輌の通路の窓にへばりつき、
置き去りにされた子供のような顔をして、彼らに手を振り返した。
ぽろぽろと涙が流れ落ちた。
彼らの顔が見えないくらいに、
私の瞳とガラス窓が見る見るうちに真っ白に曇っていった。
そして列車が動き出す前に、
彼らは私に最後に大きく手を振って、背を向けて立ち去っていった。
私は彼らが、改札を出て、その先の駅の出口を通り抜け、
姿が見えなくなるまでずっと見送った。
そこには、何の音も言葉もなかった。
そしてまた、私を乗せた列車も、音もなく走り出した。



別れの瞬間は、とても静かに過ぎていった。



本当に悲しい別れの瞬間は、こんな風にとてもとても静かなものなのかもしれない。
よくある映画のクライマックスのように、
ムードを盛り上げるような音楽ももちろんなく、きのきいたセリフなんかもない。
走りゆく汽車にすがって涙を流して手を振るような、大きな動きもない。
淡々と時は流れ、静寂のなかでそれは過ぎていった。


どのくらい、そこに居たのだろう。
気が付くと、物売りがワゴンを引いて、私の傍に立っていた。
私は慌ててコンパートメントの中に入り、開いていた自分の席に座った。
モハメドやアリが私の面倒をお願いしていた恰幅の良い紳士が、
にっこりと微笑みかけた。
私も恥ずかしそうに小さくこくりと会釈をした。
フランス語が話せるそうだねと言われたので、首を振ってほんの少しだけですと答えた。
この個室の中には、
仕事でカサブランカに向かっているらしきビジネスマンばかりが乗っていた。
私の右斜め向かいに座っていた男性がみんなに持っていたガムを配ったのをきっかけに、
またアラビア語の世間話が始まった。
私は1人窓の外を眺めながら、
意味の解らない彼等の会話をなんとなくうつろに聞いていた。
頭が重かった。
それにひどく咳込むようになっていた。
思い起こせばモロッコに来る前から、私はかなりハードな日々を送っていた。
仕事で徹夜が続いていて、幾日も家に帰らなかった日々を思い出した。
ほんの何週間か前の事なのに、それは遥か昔の事のように思えた。
仕事が忙しくなる前は、私は試験勉強に励んでいた。
そうやって一つ一つ私の生活の糸を辿っていくと、
今年のはじめから随分とがむしゃらに走り続けていたのだという事に気が付いた。
この1年殆ど休む間もなく、
普通の人の半分以下ぐらいしか睡眠時間もとっていなかった。
ただただ全力疾走し続けて、そのままの勢いに乗って、
こんなに遠くまで飛んで来てしまったのだ。
ここら辺でどっと疲れが出ない方がおかしいかもしれない。

マドモワゼル。
隣に座っていた紳士が私に声を掛けた。
コートの内ポケットからトローチみたいなものを取り出して、一つ私にくれた。
ひどい咳をしているから、これを飲むといいと彼は言っていた。
知らない異国の人から薬をもらう事は少々ためらわれたが、
前に座っている紳士は恰幅もよくて強そうだし、
薬をくれた紳士も身なりが良かったし、
彼等みんながグルになって人を騙して金品を盗むには、
私はあまりにも貧弱でみすぼらしいカモであり、
カモを安心させるためにみんなが良い身なりをしていたとしたら、
経費がかかりすぎて多分元がとれないだろう、
などと瞬時にあれこれ考えを巡らせて、
有り難くそのトローチをもらって口に入れた。
当然の如く、それは眠り薬でもなんでもなく、普通のトローチだった。
喉がすっとして、気安めでも少し楽になった。
私は彼にお礼を言った。

それから私は鞄の中からスケッチブックを取り出して、
今までに綴って来た物を読み返し始めた。
たった今までそれは現在進行形で進んでいた絵日記だったはずなのに、
家族と別れ、友達と別れ、そして列車がFezの街を離れた瞬間に、
大きな旅の思い出の産物へと姿を変えてしまっていた。
そこに描かれたもの、記された出来事全てが、私の心の中に深く深く刻まれていた。
だけどそれはすでに現在ではなく、過去になってしまっていた。
私の旅は、もう終わってしまったのだ。
そう思うと、無性に切なくなった。
そして私は、何時しか眠っていた…



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プロフィール
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masu
年齢:
54
性別:
女性
誕生日:
1969/09/27
職業:
一級建築士
趣味:
しばらくおあづけ状態ですが、スケッチブック片手にふらふらする一人旅
自己紹介:
世田谷で、夫婦二人の一級建築士事務所をやっています。新築マンションからデザインリフォーム等をはじめ、様々な用途の建築物の設計に携わっています。基本呑気な夫婦で更新ペースもぬるーく、更新内容も仕事に限らずゆるーく、でもていねいに、綴っています。
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