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ノイファイミリーの日常、息子の成長など・・・
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パンとコーヒーの朝食も済み一息ついたところで、
朝のもよおしの気配が私をおそった。
モハメドさんにちょっと失礼と告げて地下のトイレに駆け下りて行った。
トイレには洋式と和式便器がそれぞれ1つずつあった。
洋式便座の方は蓋が閉まったままで床に水が溢れていたので、
大分慣れてきていた和式便所の個室に入って用を足した。
旅のはじめの頃にはここに足を踏み入れる事すら恐くて仕方がなかったのに、
この数週間の間にこんなにも私は逞しくなったのね…
などと1人ほくそ笑み、水を流していざ表に出ようとすると… 
  
開かない。
ドアが。
正確に言えばドアの鍵が。
びくともしないのだ。
“またまたご冗談を…”などと誰にともなく呟きながら、
右に左にガチャガチャと動かそうと試みたが、
閂と掛け金は永遠の愛を誓い合ったかの如くその間には紙切れ1枚入る余地もない。
私の顔から見る見るうちに血の気と薄ら笑いが消え失せた。
代りに体中の皮膚の汗腺から冷や汗が吹き出して来るのを感じた。
ドンドンとドアを叩き、”Help me!!!“と叫んでも、
誰1人として私の声を聞いてくれた者はいなかった。
列車の時間までにはまだあと20分くらいあったが、
それまでに何とかここを脱出しなければならない。
   
私1人の力で、閂達の深い関係を引き裂くことは不可能なようだった。
だけど、便所に閉じ込められて帰りの飛行機に乗れませんでしたなんて、
面白すぎてみんな作り話にしか思ってくれないだろう。
私はぐるりと他に脱出の糸口がないかと、狭い個室の周りを見渡した。
すると、隣の洋式便所に面した間仕切り壁と天井との間に
30cmくらい隙間が開いていた事に気がついた。
約1800程度の高さがある壁をよじ登って隣の便所に飛び移れば、
何とか外には出られそうだ。
こんなところでまさか、憧れのスパイの真似事をするとは夢にも思わなかった。
しかも閉じ込められたのが自分が用を足した後のトイレだなんて、
ちっとも絵にならない。
だが、贅沢は言っていられなかった。
脱出の道は見つかったが、高さ1800の壁をよじ登るのは、
普段特別な訓練をされていない者にとっては至難の技だ。
アクション映画のスターみたいに自分の腕の力だけでヒョイといとも簡単に、
敵が攻めて来る前に飛び超えて、姿を隠すようなわけにはいかない。
私はもう一度、脱出の道筋をじっくりと検討した。
何か足を掛ける物はないだろうか… 

あったのだ。
壁に這っている径25mm程度の水道管が。
日本なら水道管が表に出ているなんて事はまずないが、
ラッキーな事にそれはどうぞ私を踏み台にして下さいと言わんばかりに、
ちょうど良い高さに壁を這っていた。
後はこいつが私の体重を支えきってくれるかどうかだけが問題だ。
私は恐る恐る水道管と壁との接合具合を確かめるように
足でくいくいと軽く踏んでみた。
なんとか一瞬なら、それは持ちこたえてくれそうだった。
私は意を決して脱出を試みた。
水道管に足を掛け、勢い良く壁に飛び掛かって上によじ登った。
そして狭い隙間の間で足を隣の便所の方に移動させ、
両腕で自分の身体を支えながら片足で蓋が閉まった洋式便座の位置を探った。
爪先が便座を探り当て、そこに向かってそろりそろりと身体を降ろして行った。
そしてなんとか隣の個室のドアから、無事に脱出することができた。

ああ、よかったぁ…

洗面台で手を洗い、持っていたタオルで手と冷や汗をかいた顔を拭った。
そして何事もなかったかのように軽やかな足取りでトイレを出て、
地上への階段を登って行った。



カフェの席では、モハメドさんが他の客と世間話をしていた。
お待たせしましたと言って、私は再び椅子に座って、
少し残っていたコーヒーを啜った。
そろそろ行こうと促され、私達はカフェを出た。
荷物を引いて、向こう岸のプラットフォームへ渡り、ベンチに座って列車を待った。
何時の間にか空の色が少しずつ明るくなっていた。

遠くの方から列車が近付いて来た。
私はモハメドさんに深々と頭を下げて、お礼を言った。
彼は、私の荷物を列車のステップの上に持ち上げてくれてから、
気を付けて帰りなさいと言って、私に手を振った。
席を見つけて座ってから、もう一度モハメドさんに向かって小さく頭を下げた。
そして私は、再び孤独な旅人となった。



列車がカサブランカの市街をぬけると、広々とした田園風景が車窓を流れていた。
行きの飛行機の窓から眺めたカサブランカの街と、その周りのゆったりとした大地。
今、私はその中を走り抜け、この国を去るべく空港へと向かっている。
約20分程で、列車はカサブランカモハメド5世空港へと到着した。
モハメドとアリが言っていたとおり鉄道の駅は空港の中にあり、
改札を出ればダイレクトに見覚えのある空港のチェックインカウンターの前に
着くことができた。
飛行機は昼過ぎに離陸の予定だったので、まだかなり時間が余っている。
私は1軒のカフェに入り、親切なモハメドさんのお陰で浮いた朝食代を使って
カフェオレを注文した。
それから、余っていた1枚の葉書と切手を取り出して、
Fezのモハメド一家にお礼の手紙をしたためた。
手紙を書き終え、切手を貼ってから、空港の中にあるPost Officeに行った。
このPost Officeには、行きのFezまでの飛行機を待っていた時にも
一度立ち寄っていた。
モロッコに入国して早々に、
自宅や親しい友人に葉書をしたためて送るために寄ったのだ。
初めてのアラブの国の郵便局で恐る恐る木のカウンターに身を乗り出して、
日本までの切手を下さいとお願いしたら、カウンターの向こうのおじさんは
予想外に優しく親切だったので、随分ほっとしたものだ。
それはほんの数日前の出来事だった。期待に胸を膨らませていた旅の始まりの時。
そして今、再び私はそのPost Officeのガラスの扉を開いた。
今度は旅の思い出に別れの手紙を出すために…
カウンターの向こうには、この間と同じおじさんが座っていた。
彼は私の事など覚えていてはくれていないだろうが、
今日もまた私ににっこりと笑いかけて、私の葉書を大事そうに受け取ってくれた。

Post Officeを出てから、私は空港の中をぷらぷらと歩き回っていた。
荷物が煩わしかったが、まだチェックインまでには時間があった。
ふと、TELブティックの前で足が止った。
ポケットには、まだ少しだけ小銭が余っていた。
私はそれを取り出して、モハメドの家に電話をかけた。
プーップーッという呼び出し音の後、メリアンが電話に出た。
私からの電話だと解ると、彼女の周りで家族中が大騒ぎをしているのが聞こえた。
みんなが私に、大丈夫?元気にしている?
あなたが帰ってしまってみんなとても寂しがっているわ、と口々に言っていた。
私は無事にカサブランカまで到着して、
昼過ぎにはモロッコを発つという事を告げた。

本当にどうもありがとう。
あなた達に出会う事ができて、私はとっても幸せだった。
日本に帰ったら、必ず手紙や写真を贈ります。
みんなとお別れするのが、とても寂しい…

私がそう言うと、彼女達も同じ気持ちだと言っていた。
モハメドは、夕べ私をFezの駅まで送ってくれた後再び家に戻り、
また熱を出して寝込んでいた。
それでも電話口に出て、
気を付けて、また逢う日を楽しみにしていると言ってくれた。
そうしている間に私の持っていたコインは全て使い果たされた。
電話が切れた後も、しばらく私は受話器を耳にあてたまま、
ぼーっと立ち尽くしていた。
彼等の声が、まだ聞こえて来るような気がしていた。
ようやくチェックインできる時間になった。
私は引いていたカートを預け、日本人には殆ど必要ないと思える出国審査を受けて、
モロッコの国に別れを告げた。

飛行機に乗り込んだのは、チケットに書かれていた時間よりも1時間以上後だった。
機内ではフランス語が飛び交っていた。
これから私は大好きなパリに立ち寄って、
そして明日の夜中に日本へ向けて帰途に着く。
でも、私に第二の祖国とまで言わしめたフランスに向かうにも関わらず、
私の心は沈んでいた。
飛行機を待っている間に、再び高い熱が私の身体と精神を支配しようとしていた。
そしてこの溢れるほどの思い出がつまった国を後にして飛び立つ事に、
深い悲しみを覚えていた。

いよいよ離陸の瞬間が訪れた。
速度を上げて飛行機が滑走路の上を疾走し始めた。
いろんな人に出会った。
いろんな出来事に遭遇した。
いろんな物を見た。
いろんな事を学んだ。
そして、いろんな事を感じた。
私は、頭の先から爪先まで、自分の身体の全てを使ってこの旅を感じた。
その全ての物に対して、心の中で別れを告げた。
いつかきっと、必ず私はここに帰って来る。その時まで、また一生懸命生きよう!!

飛行機の車輪がアフリカの大地から離れたと同時に、私の目から涙が零れていた。
ありがとう、モロッコ。
ありがとう、私の友達。
ありがとう、私の家族達…
見る間に、アフリカの大地はどんどんと遠ざかって行った。
海が見えた。
ジブラルダル海峡を超え、
私を乗せた飛行機はヨーロッパ大陸上空へと、
時の流れと同じように着実に前に進んで行った。




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プロフィール
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masu
年齢:
54
性別:
女性
誕生日:
1969/09/27
職業:
一級建築士
趣味:
しばらくおあづけ状態ですが、スケッチブック片手にふらふらする一人旅
自己紹介:
世田谷で、夫婦二人の一級建築士事務所をやっています。新築マンションからデザインリフォーム等をはじめ、様々な用途の建築物の設計に携わっています。基本呑気な夫婦で更新ペースもぬるーく、更新内容も仕事に限らずゆるーく、でもていねいに、綴っています。
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