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ノイファイミリーの日常、息子の成長など・・・
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パリに着いたのは、もう辺りが薄暗くなりかけた頃だった。
予定時刻よりも、かなり遅れた到着だった。
入国手続きを済ませ、荷物を取り、まず私は日本の家族へと電話をかけた。
聞き覚えのある声。
久しぶりの日本語。
こっちはやっとパリまで辿り着いたと思っていたのに、
電話の向こうの能天気な家族はまだパリなんかでふらふらしているの?という返事。
話したい事は山程あったけれど、
あと2日間、直接顔を見るまでとっておく事にする。

“おめでとう!”電話口で祝福の言葉をもらい、
私は今年の大きな自分の目標であった試験に合格していた事を知った。
年明けに自分の部屋の大改造をして、試験勉強に備えた。
何事も形から入る私は、まず環境を整えた上で、勉強に没頭した。
職業柄、家具選びには足と時間とお金を割いた。
気に入った物をこれからずっと長く使っていこうと、
東京中を歩いて椅子とテーブルを探して買いもとめた。
定番物のセブンチェア1脚と北欧家具の4人用のダイニングテーブルが、
私の机と椅子になった。
憧れの大きな机と、大好きな椅子が私の部屋の一員となったのだ。
何時の日か私が結婚して家を出る時には、
その机がダイニングテーブルとなり、椅子はダイニングチェアとなるだろう。
定番物の椅子は何年たっても手に入れる事ができるから、
新しい家族が増えた時毎に1つずつ数を増やしていこうと思っている。
お気に入りの物に囲まれて、私の受験生生活が始まった。
仕事をしながらの試験勉強は、自分と睡魔との戦いの日々だった。
だけど、これが終われば、憧れのモロッコが待っている。
全て終え、自分に課せられた課題をこなした上で旅に出れば、
きっとすごくいい気分だろう。
それだけを心の励みに、私は必死で努力の日々を送った。
そして、課題を終え、私はこうして旅に出た。
この旅は、一種の私自身に対するご褒美のような物だった。
今年1年、頑張ったワタシへ…

旅は、私の想像を遥かに上回る素晴らしさだった。
そして今、私は自分の目標が見事に達成できた事を知ったのだ。
肝心の合格発表の日、私はまだ呑気にモロッコの中にいた。
終わってしまえばこっちのもの、てな具合で、
結果を見る前にちゃっかり日本を脱出してしまっていた。
だけど神様は、ちゃんと見守ってくれていた。
私は、コワイくらいに幸せだった。
今年欲しかったものは全て手に入れてしまった。
もう何も思い残す事はない。
何も悔いが残らない。
今、不慮の事故に巻き込まれて死んでしまっても、
なんだか後悔はないような気がした。
だけどもし、神様が私に、もっともっと頑張りなさいと言ってくれるのならば、
また次の年に向けて新しい目標を見つけ、
それを目指してひたむきに生きていこうと思った。
家族に無事を伝え、帰りの飛行機の時間を告げて、私は受話器を置いた。
そして、軽い心と重たい身体をパリの市街に向けて運んで行った。

メトロに乗って、サンジェルマン・デ・プレへと向かった。
私はパリに来ると、何時もこの界隈に宿をとる。
東京でいう青山のど真ん中に自分の部屋があるような気分に浸れて、
それはそれは楽しい。
窓の外では人々が行き交い、
八百屋のかけ声やアコーディオンの哀愁を帯びた音色が響き渡る。
並びのカフェは朝早くから夜遅くまで開いていて東京にあるコンビニみたいに、
なんとなく私は1人じゃないんだっていう気分にさせてくれる。
東京の街の真ん中で1人暮らしをするには随分と高い経済力を要求されるが、
パリの真ん中の安宿に幾日か滞在すれば、都会での生活疑似体験ができるのだ。
夜遅くまで女の子1人でライブを楽しんでも、
千鳥足で歩いて自分の部屋のベットに潜り込める。

夕方のメトロはラッシュの時間帯でとても混雑していた。
飛行機に乗る時に預けていた荷物は、
いつのまにか括ってあったロープが緩んでへろへろになっていた。
ベルベルカーペットを包んでいた紙は破け、中の生地が顔を覗かせている。
私の熱もかなり上昇して、立っていることもやっとだった。
今にも倒れそうになりながら、私は荷物を引き摺り、
重たいリュックを背負って歩いていた。
サン・ミッシエルの駅で、
サンジェルマン・デ・プレを通るメトロ4号線に乗り換えようとしたが、
この駅はいろんな電車が走っていて、乗り換えをするのに階段が多い。
私には自分の荷物を持ち上げて階段を登る元気もいつしか消え失せていた。
そして乗り換えを諦めて、地上へ上がり、
歩いて何時も宿をとるセーヌ通りへと向かった。
 “こんなにもたくさんの人々がいるのに、誰も私の事を助けてくれない。
モロッコではあんなにみんな親切だったのに、パリの人達はみんな冷たいよ!
やっぱり都会の人間の心は凍っているんだ!”
病魔が私に、大好きだったパリに対して、そんな思いを抱かせた。
パリにしてみれば、“いい気なもんだよ”とでも言いたいとこだろう。
あんなにも憧れのパリ!大好きなパリ!って騒いでおきながら、
ちょっと病気して弱気な時にたまたま誰も親切な人に出くわさなかっただけで、
こんな風に思われたんじゃ、パリとしてもたまったもんじゃない。

私は、何度か泊まった事のあるわりと良心的な値段のホテル目指して歩いていた。
あそこなら目の前にスーパーもあるし、パン屋やお惣菜屋もある。
荷物を置いて、食料を買い込んで、そしてベットに、一刻も早くベットに入りたい。
目の前には、クリスマス前のイルミネーションが通りを飾っていた。
いつもなら手招きして私を魅惑するショーウインドウ達も、
今夜の私を誘惑することはできなかった。
私の頭の中には、ふかふかのベットと毛布の事しかなかった。
あと少し、あともうちょっと行けばあのホテルが私を迎えてくれる…

そしてようやく、目指していたホテルのあるセーヌ通りにぶつかった。
八百屋の角を曲がり、見覚えのある看板が目に留まった。
HOTEL LOUISIANE.
着いた。
私の今夜のねぐら。
だけど、何かが変だった。
何かいつもと違っていた。
ガラス張りのフロントを覗くと1人の紳士が座って本を読んでいた。
だが、そのフロントは妙に暗かった。
恐る恐る私は入口のドアの前に立った。
フロントの紳士がオートロックのドアの鍵を開けてくれて、私は中に入った。
Bonsoir! 
挨拶をして紳士に、今夜泊まりたいのだが部屋が開いているかと訊ねた。
すると、思いがけない返事が帰って来た。
“申し訳ありませんがこのホテルは今、閉まっているんですよ”
私はしばらく、彼の言っている事が理解できなかった。
閉まっている。
閉まっているとはどういう事?
ホテルが閉まっているなんて、そんな事ってあるの???

紳士の説明によれば、このホテルは今改装工事中のため
2週間程クローズしているとのことだった。
私はそれを聞いて、その場に倒れそうになった。
旅立つ前から、パリではここに泊まろうと思っていた。
他にもこの近所にいくつか泊まった事のあるホテルはあったが、
私の心強い見方だったこの界隈一番の安ホテルは、
ここ最近無情にも3星ホテルへと赤丸急上昇の格上げをして、
それに伴い料金も私の方に背を向けてしまっていた。
他の幾つかのホテルまでは、また少し歩かなくてはならない。
最後の力を振り絞って、やっとの思いでここまで辿り着いたのに…
私は絶望の表情を隠し切れなかった。

そんな私を見て、紳士は私にどうしてこのホテルを知ったのかと訊ねた。
ガイドブックで知ったのか、それとも誰か知り合いに聞いてきたのか?
私は、ありのままに以前何度かここに滞在した事があると答えた。
だからまさか閉まっているなんて思わずに、
空港から迷わずここ目指してやって来たのだと。
すると、紳士はにっこりと笑って私に言った。
“そうですか。あなたはここに泊まった事があったんですか。
それなら、これも何かの縁でしょう。
どうぞお泊まりなさい。
ホテルは閉まっているけれど、部屋は全て空いています。
見たところ、あなたは病気のようだし、
今夜はここに泊まってゆっくりするといいですよ”
私は自分の耳を一瞬疑った。そして彼に聞き返した。
“本当に?本当に今夜、ここに泊まっていいんですか?”
彼は大きく肯いた。
それを聞いた時の私が、どれほど幸せだったことか… 
多分誰も想像がつかないだろう。
ああ、やっぱりパリにだって親切な人もいる。
私はここに来る道々自分が思っていた事を全て撤回した。
都会だろうが田舎だろうが、モロッコだろうがパリだろうが、
そんな事は何も関係ない。
優しい心を持った人は世界中にいるんだ!
私は紳士に全身全霊を込めてお礼を言った。
それから、部屋代は幾らになりますかと聞いた。
すると彼は両手を小さく横に広げながら
“Nothing!なぜならこのホテルは、閉まっているのだから…”と答えた。
そして私が居たいだけ、いつまででも部屋を使っていいと言ってくれた。
私はまるで夢の中にいるような気分だった。
またもや降りかかってきた自分の幸運が信じられなかった。
どうしてこんなにいいことばかり起こるんだろう。
どうしてこんなにいい人とばかり出会えるんだろう。
旅の始めから終わりまで、私はコワイくらいにラッキーだった。
こんな事があっていいのだろうか。
もしかして私はこの旅で、一生分のツキを使ってしまったのかもしれない。

とにもかくにも、私は今夜のねぐらを確保することができた。
紳士は、1室のルームキーを私に手渡してくれた。
私はそれを握り締めて、エレベーターに乗り、
2階(日本の3階にあたる)へと上がって行った。
渡されたキーの部屋は、以前中を見てから取り替えてもらった部屋だった。
部屋自体はとても奇麗なのだが、
中庭に面しているためにとても静かで私には寂しすぎるのだ。
窓の外の喧騒を眺めるのが好きな私は、
以前来た時も、通りに面した部屋がいいといってそっちに移らせてもらった。
今回もまたただで泊まらせてもらうくせにずうずうしくも再びフロントに降りていき、
紳士に部屋を替えてもいいかと訊ねた。
紳士は快くそれに応じてくれて、別の部屋の鍵を渡してくれた。
それは、前に泊まった時と同じ部屋だった。
セーヌ通りに面したその部屋は二重窓になっていて、
窓を閉めてしまえば外の音は何も聞こえずとても静かだ。
だけど眼下には賑やかな街の灯りが見えて、道行く人々の気配が感じられる。
前は夏にやってきたので、風呂上がりに窓辺に座って、
夕暮れ時のアコーディオンの響きに飽くることなく耳を傾けていた。
お気に入りの部屋を当てられ上機嫌で荷物を置いてから
フロントの紳士にお礼を言いにいった。
彼は実はこのホテルのオーナーだった。
いつもこのホテルのフロントには女性の従業員が交代で座っていたので、
オーナーである彼と接したのは初めてだった。
ただ階段ホールに大きなブルーがかった肖像画が飾られており、
そのちょっとピカソに似た風貌には見覚えがあった。
あの絵は、このオーナーを描いたものだったのだ。
オーナーの名はスティーブさん。
彼の奥さんは、なんと日本人女性なのだそうだ。
奥さんの名前がタキさんというので、
私の名字のOTAKIという文字を見て同じ名前だと言っていた。
ホテルが閉まっているので、
今夜はこの建物の中に従業員が誰もいなくなってしまう。
私が外に出て、1人でもホテルの中に入れるようにと
オートロックの暗証番号を教えてくれた。
それから明日の朝、3階にあるカフェテリアで私が朝食を取れるように
パンとコーヒーを準備しておいてくれると言ってくれた。
タダで泊まらせてもらう上に朝食の面倒まで見てもらって、
本当に何といってお礼を言えばいいのかわからないほど感謝していた。
モロッコに居た時に身についたクセで、右手を胸に当てながら、
何度も頭を下げてお礼を言う私を見て、
スティーブさんは、あなたはブッダなのかと誤解していた。

一度ホテルの外に出て、向かいのスーパーで食料と飲み物を買い込んだ。
熱のためかさっぱりしたものが欲しくて、ヨーグルトとオレンジジュースを買った。
それから近くのパン屋に行ってパゲットを半分だけもらい、ホテルに戻った。
部屋に入ると、まず着ていた服を着替え、買って来たヨーグルトを1つ食べた。
こっちのスーパーでは、ヨーグルトが4個もくっついて売られている。
冷蔵庫のない部屋なので、4個も持って帰っても片づけられないと思い、
2つだけ売ってもらっていた。
余った1つは窓の外に出しておく。
12月のパリの夜なら、冷蔵庫代りになるかもしれない。
胃の中に物が入ったところで薬を飲み、早々に毛布の中に潜り込んだ。
ああ、やっと眠れる。
横になれることが、これほど幸せに感じられたことは今までなかった。
私の長い1日が終わる。

外では街の灯りがまだこうこうと輝いていた。
クリスマス前のウィークエンド。
人々の気配を遠くに感じながら、私は1人暗闇の静寂の世界へと向かっていた。




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HN:
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年齢:
47
性別:
女性
誕生日:
1969/09/27
職業:
一級建築士
趣味:
しばらくおあづけ状態ですが、スケッチブック片手にふらふらする一人旅
自己紹介:
世田谷で、夫婦二人の一級建築士事務所をやっています。新築マンションからデザインリフォーム等をはじめ、様々な用途の建築物の設計に携わっています。基本呑気な夫婦で更新ペースもぬるーく、更新内容も仕事に限らずゆるーく、でもていねいに、綴っています。
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