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ノイファイミリーの日常、息子の成長など・・・
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我々が営んでおりますアーキテクツスタジオノイのHPが

リニューアルされました。

つきましては、これまでこちらで掲載していたブログ等も、

新しいサイトに付随する形として移行することとなりました。

既に諸々のエントリーも移行したりしています。

よりプライベートな内容だったこちらのブログの方は一応残しておりますが、

今後はメインの更新は新ブログになるかと思います。

これまでこちらを時々のぞいて下さった方々、

どうもありがとうございました。

息子の成長記録としても、こちらは大切に私も時々のぞいてみようと思います。

新ブログは、こちらになります。

アーキテクツスタジオノイブログ
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私が、25の頃から通っているおでん屋さんが、
この夏に店を閉めることになった。
カウンター席だけの、すれ違うのも大変なくらいの本当に小さな店で、
切り盛りしているのは今年78歳になる博美おかあさん。
私にとっては、もう一人の母のような人だ。
長いこと通って来てくれていたお客さんたちもすっかり歳をとり、
一人、また一人と店になかなか顔も出せなくなり。
お母さん自身も体力的にも精神的にもかなりの限界。
いよいよ、
彼女のお店と仕事人生の長い長い歴史に幕を閉じることとなる。
今まで、本当におつかれさまという思いと、
若い頃からあの店で泣いたり笑ったりして色んなことを語らって
人生諸々を紡いで来た場がなくなることへの寂しさと。
いろんな気持ちが交錯する。
何故だか、おでんがおいしい訳でもなんでもないあの店の、
博美ママのファンはとても多彩で、
世界的な芸術家の先生方やら、大きな企業の役員の方々やら、
そうしてこんな夢見る夢子だったあたしみたいな小娘やらが
ごった煮のように小さな店の小さな椅子に小さくなって腰かけながら、
四方山話に花を咲かせて楽しい時間を過ごしたのだった。


あたしが自転車縦断イタリアの旅をやると言えば、
まるで自分たちのできなかったようなスケールの大きい夢をのせて走ってくれ!
と言わんばかりにオジさん達はやいのやいのと盛り上がり。
イタリアから絵はがきが届けば、
「今MASUはどの辺を走っているんだ?
 またあっちのヤツと恋をしたって?
 大丈夫なのか?」
と酒の肴にしつつも心配し。
帰国して一人になって涙にくれてればそこいら中からビールを注いで慰めてくれ、
仕事も充実しはじめて試験も受かってママにもなったと言えば、
自分たちの娘のようにみんなが
ああ、あの破天荒娘がやっとやっとこんなに幸せになってくれてよかったよかったと
喜んでくれた。
そんな店の中で、いつでも変わらずあたたかく見守ってくれていたお母さんが、
すっかりとお店を続けていけるだけの気力も落ちてしまって、
私もいよいよの決断をしなければならないわと、先日涙を浮かべながら話してくれた。


店っていうのは、本当に続けてくれている人の多大な努力と気遣いによって
「営まれること」が続いているわけで。
何事にも言えることだけれども、始めるのは簡単。
何年も何十年も続けて来たってことがどれほどのことか、
自分自身もちっぽけな事務所を経営してきたことがあればこそ、
本当にその大きさたるやすごいことだと思う。
閉めるとなると、
みんな急に思い出したかのようにどどっと顔を見せるようになったりもする。

お客さんはきまぐれ。

勿論当たり前なんだけれど。
でも、それに振り回されることなくお店を守り続けて来たおかあさんと、
お母さんのお店を守りたいと思って通い続けて来たお客さんたち。
そんな様々な人たちによって、
あの場所は、いつも変わらずあそこに在り続けてくれた。
私が、たった一人で踏ん張って踏ん張って、
なんとか自立して生き抜いていこうって思えたのも、
そうして孤独で精神を病むこともなく頑張り抜けたのも、
あの店と、お母さんがいてくれたからだと思う。
東京のど真ん中で、
いつもあたたかい小さな提灯のあかりを灯し続けてくれたお母さんに、
本当に感謝の気持ちでいっぱい。
場所は、とっても大切なものだけれど、
今度はいろんな場所でお母さんとの時間をゆっくりと過ごしたいと思う。
お店はかわってしまっても、博美ママが私のもう一人のママなのは変わらない。

今年は本当に、自分以外のところで様々な転機が訪れる年。
そしてこれまで守ってくれたじぶんの周りの大人たちを、
私が守っていかなくちゃならない歳まわりに、いよいよなってきたのかもしれない。

実家のリフォームも無事終了。
すっかりクタクタで、入院を前にして料理もできなくなってしまった母に、
朝からおかずやら何やら差し入れをこさえて現場へ。
昨日引き渡しだったのでまだ段ボールに避難していた荷物は残っていたけれど、
ひとまず図面に記載していた工事内容は漏れなく終了。
現場チェックのついでに、まだほこりっぽかった床の掃除機とぞうきんがけ。
一部荷物の整理もして、あたしの今年の親孝行はひとまず一段落。
これまで、家の面積の2/5くらいがデッドスペースになっていたけれど、
全部の面積を活用して収納量も充実させたら、老夫婦二人には広々ゆったり。
風通しも良くなって明るくなった。
当人達には、精神的にも体力的にも大変だっただろうけれど、
色んなことを整理するよいきっかけになったのではないかと思う。
あとは、健康に気をつけながら、のんびりと日々の暮らしを
この住まいで過ごしやすくしていってもらえれば何より。
まだ、次の難関(入院・手術・リハビリ)は待っているけれど、
その後戻ってくる場所が少しでも心を落ち着かせる場となってくれていればよいな。
ひとまず、おつかれさまでした。

実家のリフォームも、いよいよあと少しで引き渡し。
暮らしながら、荷物の移動をしながらのリフォームと、
それ以前の諸々の片付けでクタクタだった両親も段々と出来上がりが見えて来て、
終わりも近づいて来て少し楽しくなって来ただろうか。
「早く見に来てよ〜」って言うけれど、仕事もあるのにそんなに何度も行けるか!
結局、あれ程事前に
「ここを工事すればここも絶対に気になるから、
 せっかくやるのであればここも一緒にきちんと手を入れるべし」
と忠告していたにもかかわらず、予算オーバーだからと項目をあれこれと一旦減らし、
それらがまた工事の進捗とともに
「やっぱり真澄ちゃんの言った通りここだけ古くてがっかりだから、
 全部まとめてやってほしい」となり、
工期もちょっと延び、工費も最初の減額前の見積もり金額に戻ったかたちとなった。
「だから言ったでしょ!」
と、思いつつ、つくづく素人に工事内容と予算がかかることの必要性を
事前に説明して納得させることの難しさを感じる。


まあ、とりあえず我が家の場合は追加となった分も仕方ないねと言って
気持ちよく支払うことで、
母も多分出来上がりには相当満足できるのではないかと思う。
あそこで最後にケチったら、せっかくの工事の満足度はおそらく半減するだろう。
そして数年後に必ず、
「何であのとき、あの数万、あの数十万をケチったんだろう...」
と後悔することになる。

「お金は天下のまわりもん。
 使うときはビシッと使って、またこれを糧にして一生懸命働いて稼げばよいさ」
っていう考えの人が、その見極めと切り替えができる人が、
やっぱり色んな意味でよいもの良い結果を得られてるなと思う。
何しろ、ウチの母はそうしてずっと働いてきた人で、
なんだかよくわかんないけどいつも某かの仕事があり、
なんだかよくわかんないけど、いざって時にポーンとお金を使う人だった。
勿論庶民感覚の範囲内でだけど。
そして年々、歳を重ねるごとに、
「ああ自分も段々、母のような生き方に近づいていっているなあ」としみじみ感じる。
果たして、
私は将来息子にどんな「母の背中」を見せられるようになるのだろう。

実家のリフォーム準備で片づけに出かけて、
専門学校時代の課題の原図たちはどうにも捨てられずに持ち帰ってきた。
納まりなど、プロとして仕事をして早くも20年の目から見たら
恥ずかしい拙さも沢山あるけれど。
現在全ての図面をCADで描く自分からすると、
これだけの内容を短時間で手描きで設計して作った自分のエネルギーに、
ちょっと感動した。
短大の専攻は経済とかで、自分の夢からは思い描いた未来と違ったから、
自力で未来の軌道修正に通った専門学校。
小さな学校だったし、
せめてここで一番にならなきゃ社会に出て通用しないだろう…と、
バイトしながら頑張りまくった二年間だったけど。
今改めて思えば、短期間でこれだけの力をつけさせてくれた、
素晴らしい学校だったなあと思う。


この図面たちは、ある意味私の原点だ。
もしも、将来息子が道に迷ってあがくことがあったりしたら、
こそっと見せるかな。
あ、でも昨日散々見せびらかして、
ママすごいでしょ⁈って自慢しまくっちゃったんだったσ(^_^;)


実家のリフォームの件で、今日も市川まで。
これまで年に一二度しか帰らなかったのに、ここんとこすごい立ち寄り様。
まあ、設計や業者手配まで引き受けたので当たり前なのですが。
一時間半はかからない距離とはいえ、連日だとさすがに正直面倒な距離。
デモ、息子が小さい頃は、やれ熱を出して保育園行けないだの、水疱瘡だので、
おばあちゃんは朝から嫌な顔ひとつせず連日出動してくれたのでした。
孫可愛さとはいえ、ありがたいこと。
我が子我が孫の為に、私はあんなにちゃきちゃき動けるかしら?
私が子供の頃から、働き者だったお母さん。
最近足も調子悪くて、なかなか外に出るのもおっくうになってきてるみたいだけど、
もう少しで、もうちょっと快適なお家にするからね。
頑張ってね。
来月から、弟が新築マンションを買って、実家のすぐ近くでお嫁さんと暮らし初める。
一時はもう結婚もできないでずぅっと実家に居座ってこのままおっさんからじいさんに
なってしまうのでは…と母をやきもきさせていたが、
とってもありがたいことに何がよくてか姉の私には全くわからないが
素直で明るくて可愛らしいお嬢さんが家族に仲間入りしてくれた。

これを機に、本当に少しばかりの予算ではあるが、
実家の方のリフォームをすることになった。
まあ、さすがに工事費までは援助してあげられなくて申し訳ないが、
プランづくりと業者の手配と工事監理くらいまでは親孝行でプレゼント。
こういう仕事してる割に、まあ自分たちの住まいはなんとかいいタイミングで
思いどおりの形にして暮らしているけれど、
私の実家も夫の実家も子供や孫たち優先で自分たちのことまで手が回らずに
不便だなあといいつつそのまま長年暮らし続けて来ていたのを見ているだけだった。
ちょうど弟の新居はファミリータイプなので
ほんの数週間くらいなら間借りもお願いできそうだし。
私もちょっと仕事の合間に図面も描けそうだし。
兄弟そろってできる親孝行のタイミング。のがさず、実行。
家が見違えるように綺麗になって、
あんなにキラキラと嬉しそうな笑顔のお客さまを何人も何人も見て来たんだもの。
自分の親にも、これまで本当に色々と苦労も心配もかけた分、
そんな笑顔になってもらえますように。
願いつつ、現場を計りに出かける。
2020年東京オリンピック開催が決まり、

誰もが7年後の自分は、家族は、どこでどんな風に生きているんだろうって

思い描いたりしている2013年の初秋。

私たちも同様に、

その頃どんな自分たちでありたいかを漠然とではありますが意識しています。

そんな中で、

逆に7年前の私たちはどうだったかと言いますと、

2006年9月。

生後3ヶ月の息子を連れて、

今のこの家に引っ越して来たのでした。



あの頃の我々は本当に信じられないようなバタバタぶり。

臨月だった5月初旬にこの家を知り、

不動産広告図面とGoogleマップだけで既存図と大方のリフォームプランを作成し、

一週間後現調に来た時にはほぼ設計は完成済み、購入は即決。

5月末に入院。

予定日超過11日の為6月8日帝王切開で出産。一週間後退院。

6月末売買契約。

7月上旬見積並びに見積調整・設計変更の上業者選定。

息子の保育先探しで運良く今の家から徒歩1分の保育ママさんに決定。

7月下旬工事着工。

8月から息子保育ママさんに預けつつ日中現場監理。

帰りはお迎えに行った息子も軽トラに乗せてもらっておおはしゃぎ。

休日は家族3人で都内の家具屋めぐり。

9月上旬引っ越し準備で工事完了引渡し。

9月15日引っ越し。

9月下旬から駅ビルの大規模改装の仕事が入り本格仕事復帰。



...とまあ、フルスケルトンリフォームのスケジュールをご存知の方からすれば、

たとえ施主=設計者であろうとも、

できなかないけど相当怒濤の4ヶ月だったということが

ご想像いただけるかと思います。



私自身、一人しか息子を産んで育てていませんが、

そのたった一人の貴重な出産・育児の期間を、

随分とあわただしく、

雑に過ごして来てしまったなあと少々反省したりもします。



でも、当時の我々には本当にあれが精一杯だったし。

あの時にえいやっ!とがむしゃらに夢の家を手に入れることを実現していたおかげで、

それから毎週のようにひっきりなしに友人や仕事仲間が集まって、

ワイワイと賑やかに食べたり飲んだり笑ったり...という時間が重ねられて、

年月とともに、集まる仲間たちの新しい家族やかわいいちびっこたちも増えて。

本当に豊かな時間を重ねてくる事ができたなと感じます。



ここがあったから、

その後夫も独立して、2人で設計事務所をたちあげることができたし。

私も一級建築士まで取得して、更に仕事の幅を広げてくる事もできました。

公私ともに、

この家を拠点にして、充実した7年間だったと思います。



一方で。日々丁寧に掃除もして手をかけているつもりでも、

年月を経て、随分と家の中で痛んできたところもあります。

これからは、暮らす人同様あちこちの家のメンテナンスも必要になってくる時期。

家族みんなが愛するこの住まいを、

私たちの歴史がいたるところに刻まれているこの場を、

これからも大切に維持していきたいと思います。



先日、相当痛みの激しかった愛用の椅子をこの度交換しました。

色々探しながらも、結局同じデザインの色違いを購入。

毎日私たち夫婦のお尻を支えてくれる、それぞれの「居場所」の椅子です。



がむしゃらに進んでいるときは、

後ろなんて全くもって振り向いてみる余裕もないけれど、

ちょっとこうして改めて眺めてみると、

その進んで来た距離や積み上げてきたことに驚きます。

結構なことを、してきたなあと感心したりもします。

ここに引っ越して来てから今までと、

同じ時間が流れたら東京オリンピックを迎えるのか。

もしかしたらここから先の7年間は、これまでよりも体力的にも気力的にも、

少々ペースダウンせざるを得ないところもあるかもしれません。

それでも、ぼーっとしていればあっという間でも、

何かを成し遂げようと思えば結構にまとまった時間。

まだまだ、私たち3人それぞれの様々な挑戦や成長は続きます。

その頃の息子も、一体どうなっているのやら。

思春期反抗期ど真ん中の彼に会える日も、楽しみです。

今はそんな漠然とした7年後を想像しながら、

今日もまた、日常を精一杯楽しんで、

家族や友人たちと共に、元気ににぎやかに過ごしていきたいと思います。




















やっと少し涼しくなって、いよいよ食欲の秋にむかう今日この頃。

我が家も、休日になると友人たちが集まって、

賑やかな食卓を囲んでいます。

先週末も、仕事を早めに終えて食材を仕入れてワクワクしながら仕込み。



+パプリカのマリネ

+自家製リコッタのサーモンペースト

+豆入りカポナータ

と冷たい前菜たち



+秋刀魚つみれの春巻き

+アスパラリゾットのライスコロッケ

+リコッタとツナのカリカリ挙げ

...と、揚げ物三昧が続き。



いよいよメイン。

今回は肉!です。

+土鍋で焼肉

今年結婚10周年を迎えた友人家族と、

6年目に突入したスタジオノイと、

9月生まれの飲ん兵衛ヨメさんたちの宴。

賑やかに、食べて飲んで笑った夜でした。





40日に渡る長かった夏休みもようやく終わりです。

今年一年生になった保育園仲間のお母さんとも話していましたが、

やっぱり小学校の夏休みって保育園時代とは微妙に違っていて。

親としてもこれまであまり一緒に過ごす時間を取れなかった分、

どこか後ろめたいような子供が哀れなような...というか、

周りも休みだし、夏休みくらいもう少し一緒の時間を作ってあげたいなっていう、

変なホトケゴコロみたいなものもじんわり湧いたりして。

とは言え、

仕事が忙しかったり納期に追われてたりすればそうも言っていられないのですが、

夏のシーズンは現場自体もお休みも多かったりするので、

なんとなく、今年はこれまでよりもちょこちょこと息子と一緒に過ごした夏でした。

最後は、平日なかなか一緒に出歩く事もないママと息子と、

二人でデートです。



平日...というか、休日も家族3人で動くことが殆どか、

私が仕事の時にパパと息子と2人で出かけることの方が多いので、

本当に珍しい組み合わせ。

バスを乗り継いで、六本木のミッドタウンへ向かいました。

足場やさんが足場を提供して面白いイベントをやっていて出かけたのですが、

バンジージャンプみたいなものや、

ターザンみたいにロープで降りてくるものは息子の体重が足りずにできず。

ちょっとがっかりしましたが、2人で一緒にできる足場の迷路を楽しみました。



見通しがきく足場なのに、意外と難しくて苦戦。



ぐるぐるまわって、2人でヘロヘロになりながらやっと脱出。

この後、息子は一人で挑戦もしてましたが、

やはり時間がかかってハラハラ。

スタッフのお姉さんにもちょっとヒントを頂いたりして、

なんとか出て来た時にはホッとしました。



お腹がぺこぺこに減ったので、一旦敷地の外に出て近所のピッツェリアへ。

カウンターに2人並んで座りながら、目の前で作られるピザを見て、

釜の中で焼かれるピザを見て、わくわく。

今日は強力な助っ人のパパがいないから、

2人で頑張ってなるべく残さないで食べきらなくっちゃねって話したら、



このとおり。

一皿ぺろっと、

平らげていました。

すごいねぇと目を丸くしていたら、

「ママがもうお腹いっぱいって言ってるから、

 オレが頑張らなくっちゃって全部食べたんじゃないか!」

って言われちゃった。

あら、そうだったの。

それで頑張って平らげていたんだ。

子のココロ親知らず。

本当に、随分頼もしくなったんだなあと、しみじみ。

帰り際には、カウンターの中に向かって「ごちそうさまでしたっ!」と、

お店の人がびっくりするくらいに元気よく挨拶していた息子。

お勉強はまだまだ発展途上のところもあるけれど、

お母さんはキミのそういうところがとっても大好き。

これからも、大切にしていってね。



ランチの後も、公園でひと遊び。



ブランコも、やっと自分でこげるようになったし。



水鉄砲も。

...って、的、近すぎだろう。

最後にもう一回、2人で迷路に挑戦してくたくたになり、

涼しいミッドタウンの建物の中へ。



大好きなおやつ発見。

ご満悦です。

帰り道には、私が娘時代から通っていたおでんやさんに寄って、

久しぶりに会ったお母さんからお小遣いまで頂いちゃって、

バスの中で撃沈...の息子でした。

ママもとっても楽しかった一日。

こんな風に一緒に歩いたり出かけたりしてくれる時期なんて、

もうあっという間になくなっちゃうんでしょうね。

さーて。

夏休みも終わりです。



夏の学童のお弁当も終わり〜!

来週からは新学期。

給食も再開。

また元気に、日常を頑張っていきましょう。







夏休み最後のビッグイベント。

いつものごっつぁん仲間で、ごっつぁんバーベキュー。

今回もまた、

最後まで全食材食べきれずに撤収...という相変わらずの学習能力のなさでしたが、

雨の降りしきる中、誰一人として中止のことなどみじんも想像せず、

全く以てひるまない。

「いくでしょ、やるでしょ、あたりまえでしょ」

的なノリででかけた日曜日の朝。

向かったのはフィールドアスレチック横浜つくし野コース

先発の車チームが開園早々に場所とりをして、屋根付きの場所をキープしていました。

タープや養生シートを駆使して、調理場を設営。

雨の中決行の強気な我らに、園の受付のおばちゃんど肝ぬかれてました。

電車チームが到着後は、いよいよ調理開始。



本日は、三茶の魚孝さんに諸々の仕入れをお願いして、

「海鮮攻め!」でまいるっ!

まずは、海鮮やきそばから。

でも、あっという間になくなって写真ない!あれれ〜。



焼きそばの鉄板を片付けたら、いよいよ網焼き隊へ。

腹減り族に焼きもろこし供給。

ふっくら蒸してあったもろこしを、炭火で炙って醤油をからめて。



香ばしい〜!



帆立バター。

仕上に白ワインもふって、お醤油たら〜り。

び、びびび、美味〜!

貝の皿までなめる勢い。



バーナー側では、同時進行で海鮮リゾットが仕込まれる。

海老もアサリもぷりっぷり!

これまた出汁がきいてサイコ〜!!



怪物あさり。

でかっ!

これ、あさりというより、肉?!

もうこのあたりから、頭麻痺状態。

狂ってます。




海老の塩焼き。

もうみんなすっかり満腹。

まだ、メインに行けてない...

メインまで、果てしなく遠い道のりすぎる。

そんな訳で、雨もすっかりやんだ中、アスレチックに行った子供達。

オトナチームは、主にヨメさんズが火のまわりで飲んだくれ。

父さんチームはみっちり子供たちと遊んでくれていました。

毎度のことですが、本当にマメな父さんズに感謝です。

何故だかわからないけど、

笑っちゃうくらいに集まる面々が「豪傑ヨメとマメ夫」の組み合わせ。

何がこんなに引き合わせているんでしょ。



さて、ちびっこたちも元気いっぱい。

彼らは食べることよりなにより、遊びに夢中。



合間にこんなほんわかシーンが。

アルバムジャケットみたいな光景。

実は、この後本当にウクレレベースにお外でステキなプチライブが繰り広げられ、

お腹だけでなく胸もいっぱいになりました。いぇーい♪



き、きたにゃーい!遊びから戻ってきた我が息子。

みんな池にどっぷりつかってイカダやら何やらでどろんこ。



「ボクもがんばったよ〜!」

今回は、1歳をのぞいて0歳〜8歳まで、

ドレミファソラシド的に全年齢の子供がそろって遊ぶという

ものすごい楽しい状況になりました。

さて、忘れちゃいけないメインのジンギスカン。

 

デザート代わりにいただきます。

(デザートかよっ!)



野菜たっぷり。

タレが染込んでうまうま〜!



大満足〜!の休日。

夕方になってからの撤収作業もみんなでてきぱき。

こどもたちはシャワーを浴びてさっぱり着替えて帰路につきます。

思い切り遊び倒して、帰りの電車ではこの通り。



ママの膝の上で爆睡のアレン氏。

5組16名という大人数でしたが、オトナもコドモも存分に楽しめた一日。

本当によい思い出になりました。

みんな〜、おつかれさま〜!

またやろうね!













今回、初めて箱根に家族で一泊しました。

泊まったのはこちらのコテージ。



箱根プリンスが運営しているコテージです。

高い天井でロフト付きのお部屋を見て、

「オレは上で寝る〜!」と張り切ってハシゴを登っていったオトコ。

振り返って下を見たら高くて降りれなくなってビビっている。

んで、結局ちぃっちゃいシングルベッドで、

ママの横にひっついて寝ているという結末。。。

おかげでせっかく温泉でほぐれた首やら背中が、

またみしみしときしみました。ああんもぅっ!


泊まったのは森のコテージでしたが、

朝食は優雅な箱根プリンス本館のレストランで。

我が家のダイスキなビュッフェのモーニングです。

色んなメニューに目がおよおよ。

オムレツもオーダーして目の前でシェフが焼いてくれました。

オットが頼んだ、シラスと葱のオムレツ、美味しかった〜。

ここは村野藤吾氏設計の素晴らしい建物で、

ボリューム満点の朝食だけでなく、その優雅な空間や外の自然も味わえて、

豊かな朝の時間を過ごせました。

※建物や館内の様子はこちらでご紹介しています。

がっつりと腹ごしらえをして。

さて、きょうも夜のロマンスカーまでみっちり遊びまくります。

まずは、ホテル側の水族館へ。



これまで何度も、色んな水族館に一緒に来ていますが、

ここにきてようやく、どれが何の魚なのかを自分で読んで理解しています。

毎回パパに、「コレは何?コレは?コレは?....じゃあコレは?」

と、ぜーんぶの魚の名前を質問して読ませていた息子。

大した成長です。

ま、ママは面倒くさいもんだから質問されてもしれっと逃げていたんですけれど。

根気づよくつき合ってあげていたオットの仕事が一つ楽になったようです。



水族館を満喫した後は、船に乗って元箱根の方へ移動。

そこからはバスで、ユネッサンへ。

私は子供の頃以来の入場でしたが、いやはやビックリの混雑ぶり。

入場にも50分位待ちました。

中はもう芋あらいもよいところ。

子供が居なかったら、私なんて絶対に足を踏み入れないであろう場所ですが、

そういう世界にもなんだかんだと飛び込むのが子育て期。

我が家にしては頑張って、随分と長い事混雑の中過ごしました。

息子はもっぱら、子供プールの滝の下でただひたすら潜り泳ぎ。

3時間みっちりつき合って、親二人はヘトヘト。

でもとっても、楽しかったそうです。



プールの後は、ポケモンイベントでポケモン探し。

何しろ、赤ちゃんの頃からiPhoneをいじっている世代。

係のお姉さんの説明も聞いているんだかいないんだかってところで、

さっさとタブレットを操って、ポケモン探しに歩き出してました。

何をどう操作すればよいのかは、もう感覚で知っていて、

当たり前みたいにどんどん進んで行く子供たち。

この辺りになると、もうママはてんでついて行けていません。

これからの時代の子、どんな風に育って行くんでしょうね。

そんなこんなの夏休みの小旅行。

今では、自分のリュックを自分で担いで、

水がたっぷり入った水筒もぶら下げて。

随分逞しくなったもんだなあと感じました。







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プロフィール
HN:
masu
年齢:
55
性別:
女性
誕生日:
1969/09/27
職業:
一級建築士
趣味:
しばらくおあづけ状態ですが、スケッチブック片手にふらふらする一人旅
自己紹介:
世田谷で、夫婦二人の一級建築士事務所をやっています。新築マンションからデザインリフォーム等をはじめ、様々な用途の建築物の設計に携わっています。基本呑気な夫婦で更新ペースもぬるーく、更新内容も仕事に限らずゆるーく、でもていねいに、綴っています。
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